ちょっとした幸せの創り方

幸せになるって難しい。
頭で考えている自分が常にいる最中の自分がはぁとため息をつく。

ドラマでも、どこかに王子様がいないかなとか、いつ迎えに来るの?
そんな台詞が多々ある、幸せの一つの形としての恋愛を思い浮かべることが多い。

幸福論を読み漁っても、なにか高尚で頭ではわかるけど…ってことが多い。

そんななか、ふと感じた、幸せの創り方というタイトルで文章を綴ってみようと思う。

大前提として、幸せは感じる主観的なものだと思う。

つまり、心ありき、身体ありき、なんだと思う。
ここで、ピンとこなくなる場合は、ひたすら寝るや、ひたすら走るのは、良いことかもしれない。
とにかく頭ではなく、身体が心が主体となる状態にしておくこと。
難しいならまずは、自分の心の声に時々でも向き合って、わがままを聞いてあげること。

幸せを創るとは、
身体にとって辛いというものを除去し続けることに限る
のではないだろうか?

暫定的な回答だか、答えはシンプルな方が良いと思う。

例えば、Twitterを見てて、なんか嫌だなぁとか、なんか疲れたなぁとか思ったら、一旦閉じてみる。

音が騒がしいなとなったら、静かな場所に行く、うまく本を読めないなと思ったら、やめてみる。

そういう自分への、心遣い、気遣いが幸せを創るのだと思う。

自己啓発さえも、SNSで流れるこの時代には、あれをしよう、これをしよう、そういう頭を主体で行動を促すものが多い。

でも、幸せの形なんて千差万別。
自分にとって心地よいものを、自分という内側をもっと見てあげることが大切なんじゃないかなと思う。

これをやらないととか、あれしないととかそう思って、真面目に生きる全ての人へ。そう思っていた自分へ。

案外やらなくてもどうにかなるよ。
大丈夫。

私の人生についての雑記は過去の自分への手紙なのかもしれない。

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